サバイバル教師日記

教師3年目 日々の挑戦を書きます。

乗り越える

 教員採用試験でよく聞かれる質問に困難をどう乗り越えたかという質問があると思います。自分の中で自分の身に起きた困難をどうやって乗り越えたかを書いておこうと思います。

 自分の21年間生きて中での一番の困難、挫折と言えば高校野球での思い出です。

 私はその辺の地域では一番の進学校であるという理由で家から10分ぐらいの高校を選びました。小中と野球をやっており中学野球部の時のメンバーも同じ高校に進学したので野球部に入りました。その野球部は甲子園経験があり、古豪と呼ばれるほどその地域では野球で有名な学校でした。部員も60名を超え、毎日朝早く夜遅くまで野球をしていました。

 私は結論から言うと一度もベンチにすら入らずに高校野球生活を終えました。自分の中では頑張ったつもりです。でも、結果が出ないと見向きもされない世界でした。

 試合に出るよりも試合の補助をしている時間の方が長かったです。後になって考えてみると自分は何をやってきたのかと思いました。何のためにずっとやってきたのか。自分はもっとできたんじゃないか、もっと練習すればよかったんじゃないか、そうも思いました。でも、そもそものところに問題があるんじゃないかとも考えていました。

 この辛い経験は大学に入って教育を考えるうえでとても貴重な経験だったと感じています。もしこの時成功していたら私は疑問を持たずに大学に行っていたかもしれません。失敗したからこそ考える機会を得れたのだと思っています。

 野球という枠組みの中でレギュラーや勝つことだけが全てであり、それをずっと追い求めてきました。競争社会は世の常であると教えられてきました。競争に勝つ人が偉い、負けたら弱いものであるという烙印を押されてしまうと教えられてきました。これは野球部の中だけでの価値観ではありません。今の日本の社会、教育でも全く同じことを教えられている人は多いと思います。勉強は人よりできればいい。大学は偏差値が高いとこに行けばいい。そんな考え方が今の学校にはあります。

 私が高校時代にそのような疑問を最初から持っていなかったのはきっと周りの人がこういった価値観でいたからだと思います。周りがそうなら自分もそうでなければいけないと思っていました。

 でも大学に入って西川研究室で学ぶうちにそもそもの考え方が違うということに気付かされました。そもそもほぼ全員が負けるという土俵に立ち、一番になれるのはほんの一握りなのにみんなが一番を目指すというシステム。競争をさせれば人は強くなるという誤解。結局一番になれる人以外を見捨てているということ。そのような中で自主的に創造的なことが生まれることはない思います。自分が教師になった時、子どもに語ることは人の上下関係を決めることではなく、全員が協同し助け合えることを望むことだと今なら思えます。全員が幸せになれる社会にするにはどうすればいいかを子どもたちと一緒に考えることが教育だと思えるようになりました。

 私は困難、挫折を乗り越えることができたわけではありません。これから乗り越えていきます。乗り越えるためのツールを大学でゲットしている最中です。今考えている卒業研究も自分の挫折からきています。

 書いてみて、これをすべて面接で言うことは無理だと思いました。でも失敗が今の教師になろうとしている自分の原点だと見つめなおすことが出来ました。まずは教師になるために教員採用試験の勉強をがんばらなくちゃです(笑)